素敵企画ありがとうございました!
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放課後だと滅多に誰も来ねえ資料室でだらだらと煙草を吸ってると、ぺたぺた足音が聞こえてきた。俺がいつもぺたりぺたりと鳴らすスリッパの音じゃなく、少し控えめな上履きの音だ。


「先生」


資料室の前で足音は止まり、かわりに蚊の鳴くような小っせえ声が聞こえてくる。俺はもみ消そうとしていた煙草をもう一度銜えなおした。


「やっぱりここにいたんだ。電気点いてたから」


がらがら。古くて立て付けの悪い扉が俺が入ったときと同じ音を立てて開いた。「オイあったかい空気抜けちゃうから閉めて」「はいはい」ぴしゃり。寒さで頬をピンク色に染めているそいつは、入ってくるなり真っ先にストーブの前を図々しく占拠した。


「外ね、すっごい寒いんだよ」

「見てりゃわかる」

「あ、先生も見てた?」

「あァ。最後の一本を楽しみながらな」


二階の窓から校庭を眺めると、まだうちのクラスの馬鹿共は騒いでるらしかった。あいつらもこんなクソ寒い中よくやるよな。若いって羨ましいわ、ほんと。「見てたなら先生も混ざればよかったのに」「馬鹿言うんじゃねーよ」先生そんなに走れません。


「それより、最後の一本ってもしかして煙草のこと?」

「おう」

「煙草やめちゃうの?」

「いいことだろ」

「煙草吸ってる先生かっこよかったのにな」

「週一のパフェ食う金無くなっちまうからよ」

「そっか。値上がりしたんだっけ」



煙草か糖分か。究極の選択、なんて言うまでもなく俺は糖分を選んだけどな。禁煙なんて三日も続かないとか言うけど、俺はそんなん余裕だからな。なぜなら理性がしっかりしてるから。


「続かないと思うけど」

「先生こう見えてしっかりしてるんで大丈夫ですうー」

「続かないに一票!先生は煙草より糖分控えた方がいいと思う」

「おまっ、俺に糖分抜けってか」

「うん。だってお医者さんにそう言われてるんでしょ」

「つーか普通に煙草の方が体に悪ィだろ」

「えー。だって煙草はマヨラーとキャラかぶってるじゃん」

「ちょっとォォ!?あのねこれパロディだから!あいつ今煙草吸えないから!」


けらけらと可笑しそうに笑ってるのを見てたら、灰がぽろりと落ちた。白衣についたそれを払いながら、ちっさくなった煙草を灰皿に押し付ける。あーあ。


「じゃあ先生は帰りますよーっと。オメーはまだガキなんだからさっさとあいつらと遊んできなさい」

「え、もう帰るの?」

「俺今日は疲れてっから早く帰りてえんだわ」


ストーブを消して、窓の鍵を閉める。スリッパをぺたりぺたりと鳴らして電気のスイッチを押す。あー、しかし日が落ちんの早くなったなァ。真っ暗じゃねえか。


「ほれ、帰った帰った」

「………っやだ」

「…だーかーらー、俺早く帰りたいっつってんでしょ」


さっきまでストーブの前から動かなかったそいつは、いきなり俺の腰付近に腕を回して抱き着いてくる。あのなあ。


「この前が最後って言ったでしょーが」

「だって…先生が」

「だってじゃねーよ。…お前は生徒なの。で、俺は教師なわけ」

「……」

「前にも言っただろ」


俺からしがみついて離れねえそいつの頭を小さく小突き、ふうと息を吐き出した。顔は見なくてもわかる。先日俺が「別れよう」と告げたときみてェに泣いていて、「最後にキスして」とせがんだあとみてェに下唇を噛んでるんだろうな。ぽすぽす。俺の背中が小さな手のひらで叩かれる。離れたそいつは俺の正面へ回り込むと、顔を俯かせたままぽつり、蚊の鳴くような声で言った。


「いやだよ、先生」

「……」

「わたしがまだこどもだから、だめなの?」

「……」

「…先生がおとなだから、だめなの?」

「……」

「そんなの、やだよ」


拭いきれない涙が床にぽたりと落ちた。そいつは静かに、肩を震わせて泣いている。ストーブを消したから、だんだん部屋が寒くなってきた。


「わたしは先生のこと、好きだよ」

「……」

「…でも、それだけじゃ、だめなの?」

「あのなあ」

「わたし……っ!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔に唇を重ねてやる。俺が顔を離すと、こいつはピンクってより真っ赤になって疑問と困惑とが混ざったような顔を浮かべていた。


「せんせ、」

「あのなあ先生だって我慢してたわけよ。でもほらお前生徒だし、俺なんかより全然若いし」

「我慢、て」

「オメーにはもっといい男がいると思ったんだよ。こんなだらしのねえ男なんかより、同世代のやつらでな」

「っそんな、わたし…」

「でもよ、俺ァもう知らねーぜ。先生と生徒だとか、大人と子供だとかそんなんもう忘れた。どうなっても知るかよ。だから、」


覚悟しろよな。そう言ってやるとそいつは一瞬ぽかんとして、それから照れたように笑った。今までで一番かわいいとか思っちまった。おとなとこどもか。俺はそうして、その狭間を埋めるようにこいつにまたキスをする。あーあ。最後の一回だとか一本だとか、そういうのって続かねえのな。


「先生、だいすき」

「…俺やっぱ煙草やめられそうにないわ」




涙墜様に提出させていただきました

20101103 おとなとこども